宜野湾市役所の「平和を守る獅子群(ししたち)」の像
5月10日夜から5月13日夕までpeace14ほか1名(shioyaH)は沖縄にいました。
全国紙が沖縄報道をしっかりしないから、自分達で直接現地の人々の声を聴き集めて神戸の人々に伝えなくては、という思いから。短いメッセンジャー・ツアーの報告をお読みください。多くの人に紹介していただけるとうれしいです。出会った沖縄県民の切なる望みでもあります。Day 1 関西空港で簡単な夕食をしていると「搭乗客の○○様すぐおいでください」とアナウンスが。慌ててかけつけ最後の搭乗者となって機内へ。夜更けに那覇到着。Day 2 宜野湾市→辺野古→キャンプ・シュワブ ゲート前ホテルを発つ前にフロント勤務の方にコメントをいただく。
「先日、官房長官が沖縄に来て、慰霊碑を見てから、だからこそ新基地を作ると言いましたが意味が分かりません。やはり戦争に負けたからこういうことになっているんでしょうか?でも本土の人が私たちと同じ思いを持っているとわかっただけでうれしいです。」ちなみに、これ、各部屋に右翼の本を常備しているホテルチェーンのホテルだったが従業員の心は別。(でも安くても、もう使わないと思う)
それから3日間のツアーに出発。案内人は真喜志好一(マキシ ヨシカズ)さん。建築家、沖縄平和市民連絡会世話人で、沖縄の基地撤去、新基地建設阻止の運動をするジャーナリスト、市民、政治家などに資料提供をして来られた。まず普天間基地を俯瞰できる嘉数高台に案内していただく。基地が民事施設密集地に座り込んでいる様を眺めながら、歴史的な説明もしていただく。銃剣とブルドーザーで県民の土地を奪った、というほかに、真喜志さんの普天間に関する説明の中で特に広く伝えたいことは、
1. 戦争中に敵地を奪って陣地とすること自体は必ずしも国際法違反ではないが、戦争終了後に領土を軍事目的で占拠し続けることはハーグ陸戦規程違反となる。普天間基地はその建設自体が国際法違反(日本政府がそれを容認している)。よって、普天間の代替として辺野古を求めることは、盗賊が盗品を返すかわりにもっといいモノを要求することに等しい。

こんな感じ?
2. 米軍飛行場安全基準に定められているクリアゾーン(民事施設のない区域)がないので、普天間が米軍自身の基準に違反していることは明白。歴代政権はこの問題を追及された際、いつも「答える立場にない」と回答してきた。一貫して米軍の安全基準無視を容認・放置してきた政府が今になって、辺野古に新基地をつくらせないと普天間の危険性の固定化になる、と言っている。
辺野古へ移動。ここで、座り込んでいる人々に話を聴く。
【沖縄・辺野古からのメッセージ】Aさん(男性)「私は沖縄県民じゃなく小豆島の出身。みんなに知って欲しいことがある。小豆島からも土砂を搬入して埋め立てに使うと言っているが、辺野古の海が壊れるだけじゃない。小豆島にも影響が出る。各搬出予定地を結んだ土砂搬出反対運動が必要だ」
Bさん(女性)「実は私、今は沖縄県民だけど、元は岐阜に住んでいた。近くに自衛隊の基地があったけど、その頃は何とも思ってなかった。近すぎて見えてなかった。ただ、沖縄でボランティア活動をしたことがきっかけで今はここに住んでいる。こっちへ来て基地がイラク戦争に加担していることを知ったし、いろいろ話を聞いて他人事じゃない、と考え始めた。そうなると、何もしないではいられなくなって辺野古に通うようになった。…私のような人もいる。何かがきっかけになって考え始める人が。だからまわりへの働きかけは粘り強く続けていかなければ、と思う。」
Cさん(女性)「これ(座り込み)を一緒に始めたおばあがもう5人も亡くなった。それだけ人数は減ったけど、ずっと続けていく」
Dさん「この間ここで3000人規模と伝えられる集会があったでしょ。ほんとはもっと多かったんだよ。それができたのはね、労働組合の動員とかじゃなくて、住民ひとりひとりが自分の意思で立ち上がったから。..補助金依存体質はもうやめよう。(どこの地域でも)自分たちの地域は自分たちでつくっていくしかないんだから。」
Eさん「問題は沖縄だけじゃないですね。横田基地―米軍機が日本の首都圏を自由に飛び回っている-の現状に東京に住んでいたときは気がついていなかった。戦後70年も経つのにそんな現状だということにみんなが気がつかないといけないと思う」
ここで真喜志さんから新基地についての説明があった。
1.辺野古新基地は1966年の米軍計画書(沖縄公文書館保管)に沿ったもの。滑走路2本の飛行場と原子力空母が接岸できる軍港の建設計画で普天間閉鎖の声が起こる前からの計画だ。
2.辺野古の基地のことを普天間基地の移設というが機能が全く違う。普天間基地にある飛行場だけでなく、ここには兵舎もある。普天間では弾薬を積みに嘉手納に行かなきゃならないがここには弾薬庫もある。干潮時でも14メートルの深さがある岸壁をつくりボノムリシャールという強襲揚陸艦や原子力潜水艦も接岸できる。ボノムリシャールはオスプレイもハリアーという垂直離発着機も水陸両用車も海兵隊員2000人も積める。そもそも海兵隊というのは昔は真っ先に戦地に赴く部隊だったが、今は敵国のレーダー網を破壊し空爆で攻撃能力を奪ってから最後に上陸する部隊。沖縄にいる必要はない。東京でもいい部隊。
★この認識は沖縄では広く共有されているのだろう。「移設」という表現はほとんど聞かれなかった。
キャンプ・シュワブ・ゲート前に移動。
キャンプ・シュワブ ゲート前でアクションに参加
連日早朝から行動が展開されている。ちょうど二度目のアクションタイムだったので即参加。休憩と昼食を挟んで午後のアクションタイムまで、リレートークや歌など、座り込みテント交流集会となった。沖縄県内からばかりでなく、全国各地から参加していた。茨城県から何度目かの参加、という男性も。
リレートークの際、「神戸から参加している人もいるそうですね。どうぞ前へ」と言われて立ったら、前へ出たグループがもう一つあったのでびっくり。それがshioyaHの知り合いのグループだった。さらに、私たちの次に発言した人は、神戸三宮での新基地反対の情宣行動(辺野古に基地をつくらせない神戸行動主催)に遭遇した人だった。この3組の様子を見ていたウチナンチューが「いいようなよくないような」と言った。アクションの場で偶然知り合いに会うっていうのは運動の広がりとも見えるが、狭い範囲の人が密に動いているとも言える、と。そりゃそうだ。
島ぐるみ会議が運行しているシャトルバスからも数十人の参加者が降りて合流する。【沖縄・キャンプ・シュワブ ゲート前からのメッセージ】Aさん「…本土の皆さんは知っているのかな?辺野古の海に投入する土砂ってどのぐらいの量か。10トントラックで350万台分だよ。それを那覇からワシントンまで並べるとすると往復の2列にしてまだ余るんだよ。それだけのものを海にぶち込んで、環境保全ってできるかい?大浦湾がダメージを受けるだけじゃない、土砂を削られる本土側でも環境破壊が起きるよ」(県外と沖縄県内では運動の広がりにかなりの違いがありますが、その点について伝えたいことは?の問いに)「それはねえ、本土の人が悪いんじゃない。ちゃんと伝えないメディアのせいだ。今だって、ここに来て取材しているのは沖縄のメディアだけでしょ。全国紙も那覇には局があるんだけど、ここまでは取材に来ないなあ。BS局には来てるのもあるけど。お願いしたいのは、皆さんのほうのメディアに、沖縄の取材と報道をするよう要請してくださいってこと。…それから、メディアがこういう現状だし、新聞離れも進んでいるから、やはり口コミがいいかな。地域の人に、直接会った人に伝えるしかないかな。そして知った上で自分の頭で判断してほしい。 …今日は意見を聞いてくれて、ありがたかった。」
Bさん「もっと報道してほしい」
台風6号に備えてこの日の行動は普段より1時間早い3時に終了。★埋め立てに使う土砂搬出予定地:沖縄本島のほか、奄美大島、徳之島、五島、門司、佐多岬、天草、小豆島などDay 3 台風6号が来て午前中は休息→辺野古→高江→宜野湾市午前中は少しゆっくりして、shioyaHは新聞を読み、peace14は、神戸の仲間に書いてもらったメッセージの小さい布を一枚の大きなメッセージバナーに縫い付けて仕上げる針仕事をして過ごす。
完成したバナー高江では、台風を警戒して見張りテントも閉じていて、無人。「標的の村」にも登場する木工漆職人の伊佐さんのお宅を訪ねてみるがお留守。だが、高江の共同売店は開いていた。
巨大な牛肉のかたまりが3つも入ったソーキそばにびっくり。
売店のおじさんの笑顔の温かさにほっこり。わざわざ来てソーキそばをいただいただけではつまらない、と思って高江産のトマトとパイナップルを購入したら、神戸からよく来てくれた、と割り引いてくださった。おじさん曰く「やんばるの森は食用の果物栽培などをしていない点がハワイその他の森と違う。遠慮なく軍事演習ができるということ」
この米軍の論理、どうだろう。高江に住む人には食用果物ほどの遠慮もしなくていい?
見張りテントは翌日再訪することにして、普天間基地を抱える宜野湾市に向かう。
宜野湾市役所【沖縄・宜野湾市からのメッセージ】Aさん(20代女性)「普天間基地で働いている人も多く、基地がなくなれば困る人もいますが、周辺に住む住民としてはいつ事故にあうかもわからない、死と隣り合わせの状態です。辺野古への移設ではその可能性は減るかもしれませんが、ゼロではありません。沖縄の自然も破壊され、沖縄の良さが失われていくことになると思います。県外の方が沖縄に来ていただいたときに、安心して楽しんでいただきたいと思うし、なにより沖縄の素晴らしさをより多く知っていただきたいです。ぜひ新基地建設反対にご協力お願いします。」
Bさん(男性)「基地の危険ですか?それはいっぱいあります。墜落の危険や米兵犯罪。ここに来る米兵はとても若くて、人間的に未熟で、人権教育みたいなものも受けているかもしれないけど、ちゃんと理解できていないんじゃないか、と思います。ひたすら身を守る教育(罪を認めないなど)ばかりを吸収しているようで。それだけじゃなくて、普通の生活にいろいろな形で《ノイズ》が入ります。音楽を楽しんでいても爆音で聞こえなくなる、テレビのドラマも映像が乱れる、授業や会話を続けられない。ただ、基地の問題は、それを抱えている構造を考えないといけないと思います。沖縄として、これまでの構造をずっと続けるのがいいのか?それを考えるならたらい回しで解決できることじゃないと言えます。..ただ私としては、あまりにも極端な政策はどうかなとも思うんです。普天間基地は確かにいやです。だからといって安保をすぐ破棄して米軍基地はすぐ全部撤去するのがいいのか?それはどうかな?国際情勢の変化とか、いろんな面から考えないといけない。私が翁長さんを支持するのは、すぐ安保破棄・基地全部撤去と主張するんじゃなくて、安保条約は維持するとしても、沖縄の現状は容認できる限界を越えているから新基地には反対と言っているし、経済的なことも考えているから。もう一つわかってほしいのは、ベトナム戦争の時代、沖縄から爆撃機が飛び立ったのでベトナムの人たちにはここは《悪魔の島》と呼ばれていましたが、それは私たちが望んだことではなかった、ということ。不本意にもそんな役割をもたされたことも私たちの苦しみになっている。…今日は意見を言わせてもらえてよかったです。」
Cさん(女性)「(普天間)基地は怖いですよ。戦闘機が落ちたこともあったし。米兵犯罪はしょっちゅうなので、そういう場所には行かないようにしています。でも、(辺野古新基地賛成派が)先日マイクで演説しているのを聞いて頭に来たんですけど、辺野古に基地を造ったら宜野湾市が安全になるってわけじゃないんですよね。米兵が県内にいる限り同じ。私は、普天間はずっといやだと思っていたけど、だからって、ほかの地域にもっていってほしいと思ったことは一回もない。それに、「移転」を主張している人たちの口から普天間基地閉鎖後の跡地利用の計画を聞いたことがありません。新基地つくろうってことばかり。それも、どうも変だと思う理由です。その人たちはジュゴンと市民の命とどっちが大事かっていうんだけど、ジュゴンやほかの生物が生きていけない環境が人間にとっていいわけないです。それなのにどっちが大事かって。それにジュゴンや自然を捨ててつくる新基地って戦争のためなんですから人命を大事にすることとは反対だし。もう米軍基地を沖縄からなくしていかないとだめです。…私の意見も皆さんに伝えてくださるとのこと、ありがとうございます」
県外の人へのメッセージではないがこんなつぶやきもあった。
「基地で働いている。基地がなくなったら地主が困るだろうな。自分はなんとかなる。ほかの人も長いこと基地があるから基地の問題は気にならないと思う。日本はアメリカに逆らえないし」
「基地自体はなくならないでしょう?アメリカと平和条約結んでいるから。今の知事がアメリカより中国寄りなのが気になる。基地で困ることもあるけど兵隊さんが帰るときにものを処分するからフリーマーケットで安く手に入るとか得することもある」
これを、peace14は、「かかってくる圧力をはね返す行動を起こすのはしんどそうなので、じっとしている自分を納得させるための言い分」じゃないかと解釈している。そういう人は、どんな問題についてでも、どこにでもいる。Day 4 キャンプ・シュワブ、辺野古→高江→那覇市オール沖縄結成総会
キャンプ・シュワブ前で再び抗議アクションに参加。
ゲート前座り込み日数(2015年5月13日現在)
通過する車のドライバーにも常時アピール。連帯のしるしにブッブウーとやっていく車があると、参加者もそれに手を振って応える。
お届けしたメッセージバナーの前で始まったカチャーシー。ここは文化交流広場の趣きもある。
「ぼけない小唄」を歌う糸満市のグループがうけていた。
ぼけない小唄の本来の歌い方と歌詞は次のサイトに。沖縄の美しい風景も楽しめる。https://www.youtube.com/watch?v=QBnWGpNzSzA
ゲート前のテントでは「お座敷小唄」♪ 富士の高根に降る雪も、京都先斗町に降る雪も~♪♪のメロディで歌っていた。
海勢頭豊さんの「月桃」は一同の愛唱歌だ。
https://www.youtube.com/watch?v=tdTBKvXtD_k
ほかには、「沖縄 今こそ立ち上がろう」や「座りこめ ここへ」など。
午後のアクションの前に、金秀(かねひで)グループのバスが到着。新入社員の研修プログラムに辺野古とゲート前訪問が組み込まれているとか。建設資材卸会社の新入社員を含む約10名がアクションにも参加した。このとき、金秀グループのスーパーの売上の1%は辺野古基金に拠出されると聞いた。
【建設資材卸会社社員のメッセージ】A
さん「新基地は絶対に作らせない」
Bさん「いっしょに基地に反対してください。団結しましょう」
この日の集会アピールで印象的だったのは「ちゅら海を守り、活かす海人の会」設立に向けて動いている人が紹介していた大浦湾の豊かさ。420種のサンゴ、1040種の魚類、30種の甲殻類や未解明の種が生息するなど、世界的にも貴重な多様性について紹介し、ウミンチュ(海人:漁民、マリンスポーツ関係者)の地域横断的な結束とアギンチュ(陸人)のサポートを訴えていた。この会は今月に結成される。
メッセージバナーを約一週間ゲート前に掲示し、そのあとは辺野古のテントに移してくださることを確認して辺野古の浜に移動した。
辺野古の海 台風が通過した翌日なのに海の色がきれいな明るい青。だが、大雨が降り続くと開発した山の赤土が流入して茶色くなるという。海洋博前後からこの現象が悪化しており、漁獲量にも影響が出ている。
座り込み日数(2015年5月13日現在)カンパをして大浦湾の中の様子を収めたDVDをいただいて、今度こそは、と再び高江に向かう。
県外の人へのメッセージを集めていたら、またshioyaHの間接的知り合いに遭遇。これは東北から訪問したクリスチャンのグループ。【沖縄・高江からのメッセージ】Aさん「基地は造らせたらおしまいだよ。好き勝手なことをされる。米軍は地位協定すら関係ない運用をするし、高江でも夜間飛行はしないとか小学校の上は飛ばないとか約束したけど守ってない。防衛局に言うと米軍が守っていると言うのだから信じるしかないって。」
Bさん(東村住民の会)「北部訓練場にある9個のヘリパッドを返還して8個のヘリパッドを作るから基地の縮小になると政府は言うがとんでもない。9個のヘリパッドは高江の集落よりずっと北にあって人が住んでいないところにあった。今作ろうとしているヘリパッドはオスプレイ用に直径が2倍になり、高江の集落を囲むように作ろうとしている。演習をするには人が住んでいる近くでやるほうが実践的という考えだろう。我々はとても住めなくなる。本土の人に言いたいことは、今の安倍政権は戦争の一歩手前に来ている、危険な現状にあるという共通認識を持ってほしい。」
Cさん「安倍政権は沖縄に非民主的なおしつけをしているわけだけど、ひとごとだ、沖縄のことだと思っていると、本土もやられるよ。オスプレイの配備も決まったし。よく調べ考えて、自分たちのためになる判断をして動いてほしい」
Dさん「メディアがだめだねえ。報道をしっかりしてほしい。自分たちでできることとしては、ま、井戸端会議みたいなことを積み重ねていくしかないのかな。」
Eさん「安倍政権は国民の言うことを聞いてないでしょ。民意に沿った政治をする政権にすることは沖縄だけではできない。選挙などを通じて全国の皆さんに力を出してほしい。」
Fさん「県外の人が高江に入ってくれるのは力になってるよ。東村の選挙の結果は負けだったけど、ず~っと保守の地盤だったのに票の差が100数十票にまで縮まったのは前進だと思う。」
空港に向かう前に少し余裕があったので那覇市内パレット市民劇場で開かれた「未来を拓くオール沖縄 那覇の会」結成総会に行ってみた。呼びかけ人は、那覇市長の城間さん、那覇市議会議長の金城さん、医療法人理事長の高良さん、エッセイストの宮里さん、八重山民謡唄者の大工さん。
この結成総会は、昔、peace14がまだ学生だった頃、沖縄無条件全面返還の運動が盛り上がっていた頃にも歌われていた「がんばろう」の斉唱で始まった。
ガンバロウ!突き上げる 空へ
くろがねの男の こぶしがある
燃え上がる女の こぶしがある
戦いはここから 戦いは今から
ガンバロウ! 突き上げる 空へ
輪をつなぐ仲間の こぶしがある
押し寄せる仲間の こぶしがある
戦いはここから 戦いは今から
ガンバロウ! 突き上げる 空へ
国の内外(うちそと)の こぶしがある
勝ち鬨(かちどき)を呼ぶ こぶしは一つ
戦いはここから 戦いは今から
会場の400人ほどの参加者がみんなで歌えているのにちょっと驚いた。
残念ながら翁長さんのスピーチの直前に会場を離れなければならなかった。空港でまた呼び出されるには嫌だな~と思ったし。【今回の旅で特に印象に残ったこと】もっとたくさんの声がICリコーダーには入っています。まとめきれていないし、メッセージというよりテクニカルな説明も多かったりするので、今回はここまでにします。最後に深く印象に残ったことをまとめておきます。●新基地NOのうねりの高まりと広がりこのうねりは県知事選勝利や島ぐるみ会議の結成がピークではなく、その後もますます大きく広がっていることが感じられた。那覇では基地との闘いは那覇から始まったんだ、と誇らしげだったが、那覇に先立って翁長票を仲井真票が上回っていた宮古島でもすでにオール沖縄の会が結成されている。県内の隅々にまで新基地NOの力をみなぎらせようという意気込みが感じられる。キャンプ・シュワブ前のテント集会でも司会の人が言っていた。「この闘いが負ける気はしない。どんどん広がっているから」と。人数が増えているだけではなく、経済界に、基地が発展の障害になっているという認識が広がり深まりつつあること、保革を超え、多種多様な層を包含してきていること、を言うのだろう。●沖縄戦とベトナム戦争の記憶聴き取りをしていて「悪魔の島」という表現に出会った。ベトナム戦争のとき、ベトナム人は沖縄をそう呼んでいたという。そのことを今も痛みと感じている人々がいる。戦争の何たるかを一番よく知っている自分たちのふるさとが、自分たちの意思に反して、罪なき人々を襲う戦闘機の発進拠点となったことが、今も辛い記憶となっている。今の新基地阻止の運動にも、単に負担軽減を求めるだけでなく、戦争に協力するのはもう嫌だという気持ちも色濃く感じられる。●ウチナンチューの他者への思いやりと礼現地へ着くまで、嘆きや批判がたくさん集まるだろうと思っていた。安保に賛成なのに基地は沖縄に負担してほしいってなんだ?とか。ところが、そのような発言は一つもなかった。県外の人間にうかつに本音を言えないという気持ちもあるかもしれないが、「県外の人に言いたいことは?」とたずねたときに、一番多かったのは「もっと知ってほしい」「知ろうとしてほしい」「メディアに沖縄のことを取材して記事にしてほしい」「メディアに働きかけてほしい」という声だった。「相手を責めない」「相手の事情を考える」ということが徹底している。翁長さんの発言だって、毅然としながら相手への怒りを感情的に爆発させたものは一つもない。それどころか、辺野古、キャンプ・シュワブ前、高江、宜野湾市のすべてで、頭を下げてお礼を言う人々がいて恐縮してしまった。私たちの声を直接聞いて県外に伝えようとしていることが何よりありがたいと言われた。申し訳ないと思って沖縄行きを決めたのにお礼を言われるなんて…●県外市民に求めることー沖縄の運動中心ではなくもっと大きな立場から沖縄報道をしないメディアの問題のほかに、日本の有権者全体を意識しての発言がいくつかあった。自分のこととして考えないと「本土」も危ないよ、という。また、沖縄の運動だけではできないことがある、それは国政選挙で平和と民主主義を壊そうとする連中を落とすこと、それことみんなにしてほしい、という。沖縄を支援してください、という言い方は聞かなかった。
短い旅だったが、行ってよかった。聴き取ったことを必ず神戸市民に伝えようと思う。大浦湾の海のすばらしさも写真パネルなどで伝えていきたい。協力者募集!
最後に力を合わせる一つの方法が見つかるかもしれない情報を。
辺野古基金(新基地阻止の国内外の世論形成に取り組んでいる)への募金先:
ゆうちょ銀行 17000-1359411 (普通預金) 名義:辺野古基金
環瀬戸内会議(埋め立て用土砂搬出を阻止する運動を呼びかけている) 連絡先:
電話&FAX 086-243-2927
(文責:peace14)
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